これからの看護ライフ|閉ざされた看護社会から地域社会と融合へ

「医者は一般社会のこと知らないよね」とか「教師って一般社会とずれてるよね」とかよく言われるが、看護師の世界でも「一般社会の事意外と知らないよね」と看護師自らが認めるところである。
そんな隔絶した看護社会から今、地域社会へと目を向ける時が来ている。

医療スタッフ

「自分たちの社会」と「一般社会」

病院組織に勤務している看護師と話していると、自分たちが仕事をしている看護の世界との対比で「一般社会では・・・・・・」というフレーズがよく使われ る。たとえば、「看護師って一般社会のことをあまり知らないね」とか、「一般社会の人たちには、なかなかわかってもらえないことだけど・・・」とかという 表現だ。

看護師自身が、自分たちの世界を一般的ではないと認識しているとはどういうことか。サービスを提供する相手が何らかの健康上の問題をもっているということなのか、それとも自分たちがライセンスをもち特殊な技能を備えている集団だということなのか、そういったことも大いに関連しているだろう。

だがそれだけでは説明をつけにくい「看護社会」と「一般社会」とを二分しているということ、すなわち看護社会と一般社会とを区分する境界線があるということの本質は、看護社会がその内部だけで物事を終結させてしまう迫力をもっているということに他ならない。

このことをできる限り客観視したうえで、やや肯定的に表現すれば看護社会は凝集性が高いということであり、やや否定的に表現すれば看護社会は閉鎖的だということになる。

看護師のほとんどは医療機関で働いている。勤務中に利用する空間はほぼ医療機関内部に限定される。
それは、所属している部署であり、検査室やリハビリ室、あるいは食堂にいても、緊急事態を常に予測しておかなければならない担当の職場、あるいはぎりぎりの人数で運営している職場にすぐに戻らなくてはならない。

また、看護は24時間365日の継続した切れ目のない仕事である。継続した治療やケアを行うために、勤務交代制のもとでは、だれかが必ず勤務中であり、一斉に休んで職場の全員がリフレッシュするということは不可能である。
夏期休暇や冠婚葬祭などの特別な事情をのぞいて、月末にならないと来月の自分の勤務日がわからない。このことは、物事を長期的にではなく、短期的な時間幅でとらえざるを得ないのである。

この閉鎖性のなかで、

①仕事内容の守秘義務がある
②限られた空間において仕事が展開される。
③時間の流れに切れ目がない。
④仕事の長期的な調整が自己決定できない。

といった状況を何年も経験していると、必然的に仲間(集団)意識が強くなり、凝集性や閉鎖性が高まるのも無理はない。

このような特徴が、自分たちは一般社会とは異なる社会で生きているという考え方を無意識のうちに看護師に植え付け、備えさせたのではないだろうか。

看護社会と一般(地域)社会の融合

一種独特の社会を作り出してきた、閉鎖性の高い看護社会は、団塊世代が75歳になる2025年を目指して、急速に地域社会と連携、融合を余儀なくされる事態に立ち至っている。

出生率の減少で、日本の総人口が急速に減っている。どんどんタイトになる分母である総人口に対する高齢者の割合が2025年には頂点に達する。

端的に言うと、自宅での看取り(多死)をささえなければならない時代になりつつあるのである。しかもそこに向ってすでに確実にカウントダウンを始めているのである。

その看取り社会を支えるために、27年秋から始まる「特定行為を行う看護師の研修制度」で、国は25万人の養成をもくろんでいるが、はたしてそれだけの人数が研修をうけてくれるのか、はなはだ疑問ではある。

7対1病床の削減で、数字的には14万人の看護師を新設される地域包括ケア病棟、回復期病棟、長期療養病棟、さらには訪問看護ステーション、介護施設などに振り分けたい国の思惑があるが、減床を余儀なくされた病院がどのような方向に舵を切るかで、14万人の行方は決まってくるし、看護師も異動か、リストラによる転職かを迫られる。しかもすでにその事態は始まっている。

看護師も今まで、病院勤務の場合、職場だけで完結していた看護の凝縮社会への適応から、地域や一般社会へ溶け込み、融合することへの適応が求められている。
ならば、前向きに、積極的に限られた狭い看護社会から、一般社会、地域社会に飛び込んでみることも考えてみてはいかがだろうか。

冷静に考えれば、看護師ひとりひとりも、1個人としては、子育て、親の介護などで、地域と密接な関わりがかかせないわけで、看護職としての取り組み、看護の考え方も切り離すことはできず、変わらざるをえないし、積極的に受け止めて、まず社会の一員として、また厳粛な仕事として受け入れていく必要があるかと思う。

一般社会も20年に及ぶバブル崩壊後の景気低迷ですっかり格差社会が確定したかのように閉塞感に満ちているが、物の充足もある程度必要だけど、心の充足、充実が求められている。

そんな中、看護社会から地域社会に溶け込んで、心身のケア、心のケアの手助けをさせていただけるのだと考えると、先進医療も大事だけど、人生の最終章を迎えつつある父母・祖父母世代に寄り添わせてもらえる、地域と連携した職場に視点を変えるのも、悪くないと思うのである。

まとめ
看護師自身の子育て、介護問題を、地域における公共のサービスやNPOの色々なアドバイス、援助をうけつつ、自身もその特殊な技能資格をもって、看護ステーション、訪問看護などで、地域に根差したライフスタイルを選択するのも悪くない。give and take だと思う。

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